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2012年6月21日木曜日

アフターファイブ

   「アフターファイブ」と日本語で言うと、夕方5時以降の時間帯をさしますが、ここではその話題ではなくてビルダー(大工さんとでも言いましょうか)とのやり取りの話。

    特に最近ロンドンでは英語を母国語とするイギリス人のビルダーは無に等しく、私も人のことは言えませんが、みな英語は片言なのです。今日、屋根とトイレと窓の修理にやって来たビルダー達のボスがその片言英語で、その手下どもは英語を全く話せない人ばかり。その手下たちとは、親指と小指を立てて「電話」と言ってみたり身振り手振りでコミュニケーションを試みるのです。

   その手下どもだけを残してボスは立ち去り、ガタガタ音はするものの、一向に終わる気配がありません。随分かかるなぁと思いつつ、しばらくするとその手下どもの一人が「ア~」と言いながら私と話をしようとやって来ました。そのビルダーは、ビルダーが使いそうな用語は多少知っているとは言えやはり究極の片言英語で、どうやら部品を交換しなくちゃいけないと言っているという事までは身振り手振りで解釈したものの、次回のアポをいつにするかという段階で今日の夕方か明日の午前中という話になり、「明日の朝は都合がつかない」と伝えたいのですが、全く理解してもらえず、ボスの電話番号をもらっていたので、そのボスに電話をするという旨を何とか伝え、その手下どもは帰って行きました。

   そのボスに電話し、事情を話すと「今部品を買いに行っているから、部品があればその後に手下を送るよ。また後で電話する」との事。暫くして電話がかかってきました。「部品があったから同じ手下がアフターファイブに到着するよ。」と言うのです。英語でも"after 5"と言えば夕方に限らずですが日本語と同じく「5時以降」をさし、その時点で4時近かったので「分かったわ。5時以降に来てくれるのね」という意味で"so he will be back after 5 o'clock?"と返事を返しました。

     しかしそのボスは「違う違う、アフターファイブだってば」と"after 5"を連呼するのです。「は?」と目が点になりつつ、その手下との身振り手振りのコミュニケーションの中で指を5本と10本立てて「ミニッツ」と言っていた事を思い出し、「あ、5分後って言う事ね」という意味で"You mean he will be back in 5 mins, don't you?"とそのボスに返答をすると、「だから最初からアフターファイブって言ってるじゃないか」との事。

   そのボスは別に悪い人という事ではなく、この様な事はスーパーのレジや店頭でもよくある事で、そういう人たちを見ていると、共通語である英語は喋った者勝ちなんだなぁとつくづく思います。ここで彼らの英語を指摘しても仕方ないのでそのまま聞き流しますが、日本人もこのくらい間違った英語を怖がらずに言い放つ事がコミュニケーションの上達に繋がるのかも知れないと、こういったことが起こる度に思います。

   ちなみに窓や屋根の修理はビルダーが行い、トイレなどの修理を行う人たちをプラマーと言いますが、トイレの修理をしていた人も自分はビルダーだと言っていた(と思う)ので、ここではあえて言い分けをしませんでした。

2012年6月13日水曜日

ロンドンの青空

     いったいどの位の間、太陽を見ていなかったのか忘れてしまうほど、雨続きのお天気だったので、今朝起きて朝日が差している光景を目の前についつい写真を撮ってしまいました。ロンドンに移り住んで一年が過ぎましたが、やたらとイギリス人が日に当たりたがる訳が分って来た気がします。東京にいると、特に夏の日差しは避けるものという感覚がありますが、こちらでは天候が悪く、めったに太陽が出ないので、日差しは当たって温まり楽しむものなのでしょう。

2012年4月14日土曜日

クロヤマノヒトダカリ

    今日は土曜日なのですが、毎週木曜日にアンティークのマーケットがたつオールドスピタルフィールドのマーケットにダンナ様が行きたいと言うのでメトロポリタンラインにてリバプールストリート駅へ。ベーカーストリート駅に到着するとまだ朝も11時なのにプラットフォームにお巡りさんの姿。何事かしらとふと反対側のプラットフォームを見ると黒山の人だかり。電車が遅れてるのかと思いきや、その黒山の人だかりは歌を歌い出す始末。その黒山の人だかりをよく見ると、赤いTシャツを着た人があちこちに。
    このメトロポリタンラインを北上すると、ウェンブリーパークと言う駅があって、そこにサッカー競技場がある事を思い出しました。

    お巡りさん達はこの黒山の人だかりが、フーリガンと化さない様にとにらみを利かせているのかも知れません。ジュビリーライン沿線住人として時々この黒山の人だかりと同じ車両に乗り合わせますが、比較的サッカーファンは紳士的です。
    数年前、スーツケースと共に黒山の人だかりで一杯だった車両に乗り込まなくてはいけなかった時も「みんな~!お嬢さんがスーツケース持ってるからスペース空けて~!」と子供連れのお父さんが叫んでくれて、それに若者たちが従ってスペースを作ってくれました。
    時には黒山の人だかりが暴徒化した映像がニュースなどで流れますが、そういったイメージを解消しようと、日頃から神経を使ってくれているのかも知れません。一般市民としてはありがたい事です。
    「黒山の人だかり」と形容したものの、黒髪の人は少ない上に丸刈りにしている人も多いので、厳密に言えば「黒山」ではないですね。また一つ直訳出来ない日本語発見です。更には群がっているという様には見えないので、正確に言うと「黒山の人だかり」ではありませんね。良い形容詞が見当たりません。
   しかしカタカナで「クロヤマノヒトダカリ」と書くと、新しいビールの名称の様に聞こえます。


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ウェンブリーパーク - Wembley Park
オールドスピタルフィールド - Old Spitalfield
ベーカーストリート - Baker Street
メトロポリタンライン - Metropolitan line
リバプールストリート - Liverool Street

2011年9月8日木曜日

メトロポリタンラインが・・・

  毎週木曜日はLiverpool Streetにあるアンティークマーケットに出かけるのですが、最寄り駅からメトロポリタンラインで出かけます。このメトロポリタンラインは地下鉄のひとつなのですが、ロンドンの地下鉄でおなじみのチューブ型の車両ではなく、地上を走るチューブ型の車両よりも大きいサイズの車両で運行されています。前回ロンドンに住んでいた14年前から同じタイプの車両で、痛みの激しい座席などは随時新しいものに変わってはいるものの、車両自体が古い上に、座席横には"Please keep your feet off the seat"などと書かれており、ロンドンに住む人たちのお行儀の悪さを伺わせる注意書きが未だに残っているのです。
  Liverpool Streetまで行くAldgate行きの電車が来るまで何本か電車を見送り、その古い車体にはスプレーでペイントされた落書きを消す為に白いスプレーで上書きされている跡が見え、14年前はとても新しく見えた車両が今となってはそれなりの使用感が漂い、アンティーク好きな私ですが、このアンティークとしての価値がつくほどの年代物になっていない微妙な状態を自分に置き換えてみたりしながら、Aldgate行きの電車を待っていました。
  今では駅のホームに電光掲示板があり、次の列車の行き先と到着までの分数が表示されているのですが、以前はそんな便利なものはなく、列車の先頭車両の行き先の表示を確認しないならなかった上に、ダイヤが乱れた時など電光掲示板とは違う車両が到着したりもするので、何となく行き先を確認しないと気が済まない私は、未だに行き先がプラスチックの板に書かれている先頭車両の見にくい行き先表示をと顔を上げたら、何とくっきりと電光掲示板が行き先を表示しているではありませんか。

  どこかにお知らせが出ていたのかもしれませんが、突然の出来事で、あららあららと思っているうちに電車は去っていきました。甥っ子に写真を送らねば!と何とか写真1枚撮りました。その後も新車の車両はないものかとキョロキョロしていましたが、これが今日最初で最後の新車となりました。ゾーン9まで運行している長距離の地下鉄なため、古い車両の座席は全て向かい合わせのボックスタイプで、新車にもボックス席が残され、通常の座席に加え山手線にあるような、座席が跳ね上がる座席と(車椅子の方のために)、仕様が近代化していました。次回は乗り心地もお伝えしたいと思います。
  今日はまるでママ鉄(でしたっけ?)のようなブログになってしまいましたが、最近胃痛がひどくてビールの調査が出来ない為に違う話題にしてみました。
  ちなみにこの列車はAldgate行きではなかったので乗りませんでした。興奮のあまり乗り損ねたのではありません。f^_^;)
  

2011年8月6日土曜日

アンティーク オークションにて 2/2

  先日のアンティーク オークション(Chiswick Auction)での続きです。前回のブログを読んでいない方は、先ずはこちらをご覧下さい。
アンティーク オークションにて 1/2

  帰りの電車の中で、自分が好きな絵を5ポンドで入手できたかもしれなかったと思うと何とも歯がゆく、”たられば”ばかり考えてしまって、危うく駅を乗り越してしまいそうになりながらも、スーパーに立ち寄り、先ずは自宅に戻って考える事としました。
  まずはその絵がどのくらい自分の好みに合っているのか。ロンドンとエディンバラのナショナルギャラリーに、Pieter Saenredam (1597-1665)というオランダ人による教会内のインテリアの絵がいくつかあるのですが、私はそれが大好きで、1996-1997年にイギリスにいた時には時間が許す限りそれを眺めに行っていました。(下記参照)
The Interior of the Grote Kerk at Haarlem  
The Interior of St Bavo's Church, Haarlem (the 'Grote Kerk') 

  今回の絵がPieter Saenredamのものではない事くらいは分かっているのですが、とても絵の傾向が似ているのです。しかし欲しいからといって、入手して良いという訳ではない訳で、それらを考えつつ、果たしていくらで落札するのが現在の自分にふさわしいものか考えました。イギリスの美しい夏を楽しもうと、仕事探しすらスタートしていない状況で、残り少ない貯金を少しずつ切り崩している私としては、都心に出る交通費さえ惜しいのです。ちなみに現在の我が家はZone2内なのですが、都心のZone1まで出かけようとすると、片道1.90ポンドもかかり、貨幣価値をダンナ様に合わせる為に、1ポンドを200円で計算して生活している私には更に高額な料金となるのです。
  実際に計算すると、交通費が往復2.60ポンド(ちなみにChiswick AuctionのあるSouth Acton駅もZone2にありZone1を通らずに我が家の最寄の駅から行けるため、割引となります)、10ポンド以下で落札すると最低手数料の2ポンド、それに落札価格となります。とは言っても来週の競売では誰かが落札を希望するかもしれないし、そうなったら価格は上がる訳で・・・と、そんな事を考えながらも、あっという間に1週間が経ちました。
  その日は朝から夕方まで夕立を含む小雨の予報で、という事は万が一落札出来た時の事を考えれば、何とか脇に抱えられる大きさの2枚の絵を雨の中を持ち帰る事も考えなくてはいけない訳で、更にはカタログには19世紀の絵画と書かれており、という事は額縁に入っているのはガラス素材な訳で、それだけでもかなりの重量になるのです。と同時に落札するにしても自分の限度額をいくらにするのか、落札出来るのかそうでないのかという事も考えなくてはならず、重たい気分を抱えながらも、出かける支度をして私はChiswick Auctionに向かいました。
  前回来た時に思いましたが、ここもロンドンとは言っても、都心とは全く違った雰囲気で、ここで働いている人達はどう見てもイギリスのパスポートを持っている人達ばかりです。私が頻繁に行くアンティークマーケットで店を出しているディーラーも何人も見かけ、どうみても常連で成り立っている場所で、そんな所に片言のアジア人がうろちょろしていると目立ちます。受付の人の中には初めてやってきた私にも親切に説明してくれる人もいますが、初めての経験ではない微妙な視線を浴びながら、粗相をしない様に気をつけながら、今週の競売アイテムを一通り眺め、この一週間考え続けた絵のある薄暗い部屋まで辿り着きました。
  カタログには金メッキの額縁と書いてありますが、既にかなり痛んでいて、絵と額縁の間にある中敷きとでもいうのでしょうか、それの縁にある金のラインも額縁の中で剥がれ落ちています。絵自体には損傷は見られませんが、作者のサインもなく、19世紀の物である事も見た目からは確認出来ません。基準価格は20~30ポンドに下がっていました。
  その絵のロット番号は136でした。という事は早いながらも多少ゆっくりと競売を進めるTomが担当するものと思い少し安堵しつつ、10ポンドで落札すると合計14.60ポンドの費用をかけて入手する事が妥当なのか、頭の隅の方で考えながら、競売人が壇上に上がって来る事を待っていました。
  てっきりWilliamが先にやってくると思っていたら、Tomが先に壇上に上がりました。・・・という事はさらに早口のWilliamが100番代を担当する事に気づき、多少の不安を打ち消そうと先週と同じ様なタイミングで事が進む事を祈りました。
  地方のアンティークオークションであれば、品数も少ないのでしょう。もう少しのんびりした雰囲気で競売が進められ、先日のテレビ番組では、あるおもちゃの競売の時に、まだ首も据わらない赤ん坊が競売人のハンマーが下りる直前に「オギャ」と泣き声を上げ、競売人のユーモアで「The little baby bid at the last minutes!」と言って会場を沸かせていました。その位の余裕があると、競売会場も違った雰囲気になるのでしょうが、この日も900近いアイテムが並んでおり、会場に来ている人たちも自分の目当てのアイテムの順番が来る事を黙って待っています。
  Williamが壇上に上がりました。後はその時が来てから考えようと、136番が来る事を待ちました。Williamは相変わらずのとても早いテンポで競売を進めます。136番の順番がやって来ました。「30ポンド!」。・・・・。「20ポンド!」。・・・・・。「誰か10ポンドでどう?」。・・・・・・ここで手を上げる気持ちの準備はしていたのですが、誰も関心を示している様子がありません。「5ポンド!」とほぼ投げ売り状態でWilliamが叫んだので、条件反射的に手を上げました。
  そのオークション会場での最低落札価格である事は言うまでもなく、他に落札した物があるのであるならまだしも、その一点だけなので、前回とは違う受付の人には「合計で7ポンド??」とあまりの金額の小ささに呆れられ顔をされつつも、雨の中、重たい2枚の絵を抱えて、道の向こうからやってくる人には、私があまりにもヨタヨタ歩いていたせいか道を譲ってもらいながら、無事重たい絵を連れて帰りました。こちらがその2枚です。
  こういったアンティークを現存のまま残すか、修理補修をするかは双方にメリット、デメリットがあるのですが、左の額縁の中でずれている金の縁がとても気になる上に、額縁の裏に目張りの為に張ってある薄い紙がぼろぼろと落ちるので、情報収集の為にも絵を額から外してみました。
  絵の裏には手書きで"Choie of the Cathedral of Rheims"と書かれてありました。ネットで調べてみたらCharles Wild (1781-1835)の作である事が分かりましたが、これが原画なのか複製なのかどうかは私には分かりません。
  重たいガラスも洗剤で洗い、ずれていた金の縁も取り除き、再度額に戻してみると以前とは違った絵にも見えてくる程、きれいになりました。一枚当たり4.80ポンドの費用をかけて入手したものとしては満足しています。
  アンティークの面白さは、自分が地球上に存在する以前からそれらが存在していたかと思うだけで色々と思いを馳せる事ができ、時には誇りまみれになっている中から掘り出した物を磨いてその過去を探るという、宝探しの様な要素も魅力のひとつだと思います。
  いつかリタイアした時にでも、ディーラーになって自分の好きなアンティークを店に並べてみたいと思います。それまでに自分のコレクションを増やさなくてはなりませんが、それ以前に仕事を見つけて仕入れる為の資金を確保しなくてはいけないという事に気づき、現実の世界に引き戻された私なのでした。
 

2011年8月4日木曜日

アンティーク オークションにて 1/2

  イギリスでは、アンティークのテレビ番組が毎日お昼間の時間帯に合計3~5時間ほど放映されています。それだけイギリスにはアンティーク好きが多い様で、ポートベローロード(Portobello Road)をはじめ、週末だけでなく毎週ロンドンの街中でもアンティークマーケットが開かれています。
  アンティークマーケットでは、いわゆるアンティークと言われる家具や金銀製品、アクセサリー、書籍、絵画など、大体において100年前後からそれ以前に製作されたのものから、更にはコレクタブル(collectable)と呼ばれる、タバコの箱に入っていたカードやコイン、有名ブランドのおもちゃやテディーベアなどのぬいぐるみなど、20世紀に入ってから製作されたものでも価値のあるもの、物によっては1980年代に製作されたものも販売されています。
  そんな中、色々な理由からアンティークやコレクタブルを競売にかけて現金にしようという需要も高く、イギリスの各地にオークションがあり、先日、チズウィック(Chiswick)にあるアンティークオークション(Chiswick Auction)に品定めがてら行ってみました。
  大型家具から小さいアクセサリーまで所狭しと展示されており、カタログで見る限り800アイテム余りが並んでいました。私の興味は銀製品なのですが、そこには私の好きな大聖堂のインテリアの絵が2枚セットであったのです。カタログの基準価格(guide price)は30~50ポンドとあり、カタログの中には基準価格が2000ポンドを超える物がありつつも、私の少ないお小遣いで落札出来る値段ではありませんでした。更には落札した金額の15~20%を手数料として支払わなくてはなりません。今日は冷やかしに来たのだしと思い、横目で見ながら通り過ぎました。
  せっかくなので、競売も見ていく事にしました。12時スタートなので、持参のサンドイッチを開けている人もいましたが、どうみても競売にかけられる予定の商品のソファで食しているのです。どうやらそれは受け入れられている様で、商品の並ぶ1室にたくさんの人がコーヒー片手に集まって来て、これまた商品であるダイニングチェアやソファに陣取っていくのでした。
  競売は12時~18時までと書いてあるのですが、800以上のアイテムを6時間で裁くという事は1時間に140アイテム以上を裁く訳で、という事はひとつのアイテムに1分かけていたら6時には終わらないということなんだなぁと思いつつ、12時を回っても出てこないイギリス時間なオークションを仕切る競売人(auctioneer)を待っていました。
  競売人がやっと壇上に現れ、「今日も800点以上アイテムがあるから、とっとと始めます。品物を落札した人は番号札をすぐに上げて下さい。それでなくても時間がないので。」と一言述べてから競売が始まりました。その速度といったら早いこと。私は以前から英語の数字が苦手ではありますが、競売人のアクセントに耳が慣れても時々いくらと言っているのか分からない位早いのです。競売にかけるアイテムの簡単な説明もしてくれるので、アンティークの形容詞の勉強と、数字を聞き取る練習だと思いながら、自分の気に入ったアイテムがいくらで落札されるものかと順番を待っていました。
  大聖堂のインテリアの絵の順番が回ってきました。競売人は出来るだけ高値で売るのが仕事ですが、落札する方は安く落としたい訳で、本来100ポンドする商品でも、落札人はいったん競売人が50ポンドくらいまで下げるのを待って、そこから競売が始まり値が釣り上がっていきます。その絵の基準価格は30~50ポンドだったので、競売人ははじめに「40ポンド!」と言いました。・・・・誰も手を上げません。「20ポンド!」。・・・・・競売人は1.5秒ほど待ちましたが誰も手を上げません。「じゃあ10ポンドで誰か買わないか!」。そろそろ誰か手を上げるだろうと思いつつも・・・・・・。「じゃあ5ポンドだ!」。その瞬間、5ポンドなら私にも買えるはずと考え、手を上げかけたものの、それと同時に競売人のハンマーが下りてしまいました。誰も落札しなかったので、売れ残りとされてしまったのです。
  あらら、こんな事なら落札するつもりで取り組めば良かったと、しばらく呆然としてしまいましたが、競売人はそんな私の事なんて気にする事もなく(当たり前ですが)次々と商品を捌いていきました。100アイテム毎に競売人が替わるのですが、最初の競売人は100アイテムを30分で捌きました。競売人も大変でしょうが、落札する方に考える時間を与えないで値を吊り上げるという手段なのでしょう。
  次に出てきた競売人はアンティークのテレビ番組にも出てくる方で、何度かテレビで彼が競売する様子を見ていましたが、それの倍の速さで競売を進めていました。途中で冗談を交えながら、それでも100アイテムを45分ほどで捌きました。冷房で体が冷え切ってしまったので、300アイテムを超えた所で退室しながら、売れ残ったアイテムは来週に持ち越されるため、果たして私は来週もここにやってくるのかしらとぼんやり考えながら駅へと向かいました。

  ちなみに下記リンクの中ほどに2人の競売人が出ています。Williamが一番目に出てきた競売人で、Tomが二番目です。二人とも優しそうな顔をしていますが、競売が始まると頬が緩む事はありませんでした。
http://www.chiswickauctions.co.uk/index.php/about-us/

to be continued ....

アンティーク オークションにて 2/2
  
  

2011年7月8日金曜日

ウエストミンスター クロック

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  Westminster Clockと言っても、若い世代のイギリス人には勿論の事、大きなデパートの店員さんにもどんな時計なのか理解してもらえませんが、Westminster ClockとはWestminsterにある国会議事堂のビックベンの鐘と同じ様に15分ごとにチャイムが鳴る置時計を総称してウエストミンスター クロックといいます。
  2009年8月に友人のordination to the Priesthoodに参列する為にEdinburghに行った時に、その友人の友人の家に滞在しました。とても素敵なリビングルームで、その暖炉の上にあるマントルピースの上にのっていたのがウエストミンスタークロックだったのです。その友人の友人のDavidは、とても忙しいので彼の家に一人でいることがほとんどだったのですが、15分毎に高い天井のリビングに響くチャイムの音色にすっかり心を奪われ、それ以来、ウエストミンスタークロックを探していました。Davidが持っている時計と全く同じ物がアマゾンでも売っているのですが、600ポンド以上もし、ダンナ様は買ってもよいと言ってくれてはいたのですが、あまりにも高額で、ず~っと躊躇しつつあちこち探して回っていました。
  Portobello Marketや他のアンティークマーケットで時計を扱っているお店に聞いても、ウエストミンスタークロックはあまり手に入らないと言われ続けていたのですが、やっと発見しました。それも見比べられる位の数が。
  ウエストミンスタークロックと言っても、見た目も勿論のこと、チャイムの音色も違えば、チャイムが鳴るシステムも違い、私はチャイムの音色となる長い金属の棒が並んでいる、昔ながらの時計が欲しかったのです。どれも50~100年近く古いものなので、そ~っと時計の後ろの扉を開けて、お店のおじさんの薀蓄を聞きながら、時計とチャイムの仕掛けを眺め、ビックベンと全く同じチャイムであるこの時計を120ポンドでこれを購入しました。
  ぜんまい仕掛けなので、週に1~2回は文字盤の下半分にある3つの穴に鍵を差し込んでぜんまいを巻く必要がありますが、音色がだんだん遅くなるので音でぜんまいの巻き時が分かります。ちなみに3つの穴は、真ん中が時計のぜんまい、向かって右が15分毎のチャイム、左が1時間毎のチャイムのぜんまいです。
  さらには、このビックベンから由来するWestminster Clockという名で知られている時計ですが、実際にビックベンが建てられた時にはケンブリッジにあったCambridge Clockを真似て造られたそうで、本来ならCambridge Clockと呼ばれるべきところ、ビックベンの知名度の方が高く、今ではこの種の時計はWestminster Clockという名前で定着したそうです。

2011年5月17日火曜日

ちゃんとロンドンらしく曇ってます

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  今日もルームキーピングなのでPiccadilly Circus近くのSt. Paul's churchのアンティーク市に行き、10時からとあったものの、10:30に到着してもお店はまだまばらで、私の求めてる銀のソルトポットは全くなく、その足でCovent Gardenに向かいました。が、こちらも空振りで、銀製品を売っている気配すらありません。
  お茶でもしたい所ですが、カフェインどころか最近はフレッシュのミントティーも体が受け付けなくなって来たので、お茶も出来ずにベンチで久しぶりのロンドンらしいしっかりとした曇り空を眺めています。
  20年以上ぶりにエロスの像を写真を取りました。 と言うと私がとてもおばさんに聞こえますが、そこまではおばさんではありません。おばさんに片足を入れたおばさんと、自負しています。

2011年5月14日土曜日

38ポンド の価値

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  あちこちのアンティークマーケットに行って、私の探しているソルトポットを見て回るのですが、自分の好みを言う以前にソルトポット自体がありません。観光客で賑わうポートベローロード(Portobello Road)は割高なのですが、品物は豊富なのでよく足を運びます。

  そこで先日見つけたのがこのソルトポット。ロンドン1887-8年製。値札には49ポンド。手に取ったものの、そこまで高額のものを探しているわけではないので、イタリア人の店主とたわいもない話をして、店を離れました。到着したばかりだったので、他の店も回ったものの、私が求めるブルーのグラスのついたソルトポットはなかなか見つからず、再度イタリア人の店に戻りました。私は関西人ではないので、「値切る」という行為に物凄く罪悪感を感じながらも、いつもソルトポット用のスプーンを7ポンドで販売しているイタリア人のおばさんに、「この観光地化しているポートベローで値切らずに買い物しちゃダメよ」と言われる私は、がんばって20ポンドでいかがなものか聞いてみました。
  イタリア人らしく、両手を振り上げて"No way!!"と笑いながらも目は真剣で、40ポンドが限界だと大騒ぎするのです。「ちょっと考えてみるわ」と言って、その騒がしいイタリア人の元を離れ、「欲しい」という気持ちと「40ポンド」という金額を対比させ考えつつ他のお店を回ってみました。
  既に午後になっているので、既に店じまいしている店も多く、怪しいアラブ系の若者に、「ニーハオ」と言われながらも歩き回り、暫らくしてイタリア人の店に戻りました。
  「美しい君の為なら38ポンドで僕は泣くよ」と、私の顔を見るなり言い出し、残念ながらそれくらいの美辞で血迷って買い物をする私ではない事を自覚しつつ、銀の器のコンディションはとても良く、内側のブルーのガラスがどうみても当時のものではないのですが、銀の器のコンディションの良さに見入ってしまった私は買ってしまいました。
  高い買い物だったとも思いますが、本当に素敵な器なのです。
  

2011年4月29日金曜日

ウィリアム王子 結婚式

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  今日はウィリアム王子の結婚式でした。ダイアナ元皇太子妃の葬儀の時もロンドンに住んでいたので、同じ様に悩んだのですが、バッキンガム宮殿に行くという選択肢を取らず、ウエストミンスター寺院での結婚式を一通りテレビで眺めました。
  私はウィリアム王子が小さい頃から勝手に見守っていましたが、とうとう結婚してしまったと思うと、寂しくもあり、自分の年齢を感じさせられなくもありません。結婚式を拝見していて、こちらがドキドキしてしまう場面が幾度か見受けられなくもありませんでしたが、まだ若い二人なので、年長者達が皆で支えていかなくてはいけないのだろうと思いました。
  結婚式の詳細はこちらから↓
http://www.bbc.co.uk/news/uk-13229961

  その後、ダンナ様が本屋さんに行きたいというので、本当はピカデリーサーカスにあるWaterstonesに行きたかったのですが、まだまだ人がロンドンの中心街に溢れている様だったので代わりにGreenwichに行きました。欲しかった本は見つからなかったのですが、寄り道をしてGreenwich Park近くにあるPlume &Feathersというパブに行きました。ここも例にもれずウィリアム王子結婚式にあやかって、たくさんの地元の人が集まっていました。既に出来上がっている方たちばかりでしたが、皆さん今日は特に英国人である事を楽しんでいました。
  このパブで頂いたのが、Harvery's Best Bitter。ホップのお味は全くなく、この季節、たくさんの人がラガーのビールに手を伸ばす時期は、こういったモルティーなビールの方がお味の劣化が感じにくく良いのかもしれません。
  若いお嬢さんも、杖を片手にゆっくり歩いているジェントルマンも、今日の日を同じ様に楽しんでいました。イギリスにはRoyalistという言葉があります。皇室を崇拝し崇め奉る人を指しますが、真剣に自ら自分がRoyalistだという人はほとんどいません。ですが、この国民的的行事を良い都合として、イギリス各地でStreet Partyなどを催して楽しんでいる姿からは、私にとって学ぶ事がいくつもありました。

  しかし、残るはヘンリー王子です。第二のカミラ公爵夫人の座を狙うしかないのかしら・・・。(笑)
  

2011年4月25日月曜日

ロンドン地下鉄

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  ロンドンの地下鉄と言えば、チューブ(Tube)の愛称で親しまれています。1985年に初めてその地下鉄に乗った時、あまりの狭さにビックリしました。治安の悪い時などは地下鉄の中で写真を撮るという行為が危険でもあり、ここ数年は治安の悪さを感じた事はなかったものの、すっかり写真を撮るという事を忘れていました。
  このイースター休暇中にたくさんのヨーロッパ人がロンドンに遊びに来ていて、スペイン人らしきご夫人が車内で写真を撮っている姿を見かけ、私も写真を撮ってみました。
  東京のラッシュ時には座席と座席の間に立っている人の列が3列も出来るでしょうに、ロンドンの地下鉄では、1列分くらいのスペースしかありません。それでなくても人々はラッシュ時でも無理して乗り込まないので、その一列も形成されない車両もあったりします。
  また天井も低いので、背の高い人などはくの字になって乗車していたりして、東京では見かけない風景が見受けられます。
  さらには地下鉄の地下にあるほとんどの駅では携帯電話が通じません。ご注意下さい。

イースターだというのに

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  本来EasterとはLent(四旬節)を終え、イエスキリストの復活を祝うものというのが本来の大筋ではありますが、教会へ通う習慣のない人たちにとっては、卵形やウサギの形のチョコレートを庭や室内に隠して子供たちに捜させたりという行事になっています。私の義理の家族もその例にもれず、昨日今日とBristolに一泊して卵形のチョコレートを探してきました。牧師になった友人Simonに言ったら眉間に皺を寄せられてしまいそうですが、現状では致し方ありません。

  義理の父が私がビール調査を続けている事を覚えていてくれて、何種類ものビールを用意してくれました。会話が弾んで味をしっかり吟味するところまではいきませんでしたが、どれもここ数日の初夏の陽気に合う、フルーティですっきりしたお味です。まるでコカコーラの様な泡立ちをし、あっという間に泡が消えてしまいました。泡が消えてしまう理由は以前にも紹介した様に(そのブログはこちら)グラスに洗剤が残っているせいだとも思われますが、それ以前に泡がとても荒かったです。
  せっかくの義理の父の気持ちなので写真だけでもご紹介させて頂きます。


2011年4月17日日曜日

ロンドンマラソン 2011

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  今までマラソンを見に行った事がなかったのですが、先日ニュースで「東日本大震災の影響で名古屋国際女子マラソンが中止されたのを受け、日本陸連はロンドンを世界選手権の代替代表選考会に指定したところ、ロンドンマラソン主催者は13人分の選手コーチらの渡航費と宿泊費の負担を申し出た。」という記事をみかけました。ロンドンマラソンの主催者に感謝しつつ、せめて観戦にいく位の事はしなくてはと出かける事にしました。
  Canary Wharfがちょうど30km前後の地点で女子が10:30amころ通過予定だったので、10時過ぎに出かけてみたものの、思いの他どこもかしこもガラガラでした。ダンナ様はカメラを片手にまずは車椅子の先頭集団、その後に女子の先頭の選手が見えました。
  暫らくして赤羽有紀子選手がやって来ました。(写真ダンナ様撮影)その後に続く日本の選手にも皆さんのベストが尽くせる様にと声援を送りました。最終的に日本人最高位は赤羽選手で6位に入り自己ベストだったそうです。赤羽選手も今回の震災でご自宅が被害に遭ったとの事、今回自己ベストが出た事でご家族にとっても良いニュースだった事とお察し致します。
  今回の東日本大震災ではマスメディアを通してあまりイギリスの名を聞く事がなく、大きな記事になる事はほとんどないものの、今回のマラソンに限らずイギリスも色々な方面から日本の復興に大いに貢献下さっているという事もお伝えしたいと思います。今回のロンドンマラソン主催者とメインスポンサーのVirgin Atlantic Airways Ltd.グループ会社Virgin Moneyさんも勿論ですが、色々な形で日本を応援下さっている皆さんに感謝の気持ちです。

2011年4月10日日曜日

London Pride リベンジ

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一通り大荷物の片付けも終わり、冷蔵庫にも明日朝までしのげるだけの食料を補充し、さらにはボルビックを買い込みました。それでなくてもロンドンは硬水なのですが、香りがするほどこの短期滞在のマンションの水道水は硬く、胃が弱い私は水に慣れるまで、飲み水をボルビックにせねばなりません。贅沢な話ではありますが、まずはシャワーなどで皮膚と頭髪を硬水に慣らせ、暫らくして少しずつ飲料水の硬水の量を増やしていかないと、激痛を伴う胃痛に襲われてしまうのです。
  と、一段落したので、もう一軒の別のパブ、The cat and Canaryへ。そちらにはFuller'sの看板も掲げられており、フラーズのビールが常時何種類かドラフトで置いてあります。London Prideのロゴ付きのグラスで出てきた事で十分満足してしまいましたが、温度も室温でお味がしっかり引き立ちました。今日はとても暖かいので、可能であれば2℃ほど低い温度であると、最初の喉越しが嬉しいかもしれません。
  何とか眠くならずにここまで来ました。明日からは銀行に手続きに行ったり、携帯電話をどれにするか調べたり、洗濯の続きをしたりと、まだまだ盛りだくさんです。